アメリカ

カナダのバンクーバーからデルタ航空にて、ポートランド経由、サンフランシスコに入る。

1993年03月11日

サンフランシスコ





まず初めにフィッシャーマンズ・ワーフに行き、そこからフェリーに乗って、アルカトラズ島に渡る。







1993年03月11日

サンフランシスコ



アルカトラズ島から戻ったあと、サンフランシスコ市内を散策する。

サンフランシスコは、坂道だらけの何とも風変わりな街だが、それが海とうまく調和していて非常に美しい。


左の写真は、『世界一曲がりくねった道』







1993年03月12日

サンフランシスコ

ムニ・バスを乗り継いで、ゴールデンゲート・ブリッジに行く。
対岸の絶壁へと続くその迫力は、まさに圧巻だ。

ゴールデンゲート・ブリッジを見たあと、ACトランジットのFバスにてバークレーまで行く。
ベイ・ブリッジを渡り、オークランドを経由して、
ユニバーシティー・オブ・カリフォルニア・バークレー(UCB)へ。
UCBは、この日はちょうど125周年記念祭をやっていた。

UCBを見たあとサンフランシスコ市内まで戻るが、
途中ベイ・ブリッジから見たサンフランシスコの夜景がすばらしかった。
バスに乗っていると、高層ビルの夜景の中に吸い込まれていく様な感じがし、まるで空を飛んでいるかの様だ。

夜、グレイハウンドの夜行バスにて、サン・フォゼ経由、ロサンゼルスに向かう。



1993年03月13日

ロサンゼルス





ロサンゼルスに着くと、まずレンタカーを借りる。
車は、フォードのマーキュリーだった。

ハリウッド、チャイニーズ・シアター、ワックス・ミュージアム、ビバリー・ヒルズと廻る。

ビバリー・ヒルズはきれいに区画された街で、通りごとにいろいろな木が植えてあり、芝生の多い本当に美しくて閑静な高級住宅街だ。






1993年03月13日

ロサンゼルス
ビバリー・ヒルズに行ったあと、パサディナにある憧れの『ローズ・ボール・スタジアム』へ。
途中道に迷ったが、人に聞き聞き何とか到着。
ローズ・ボール・スタジアムは、シーズン・オフという事で閑散としており、スタジアムを覆っているはずのツタもなかった。
パサディナも、ビバリーヒルズ同様、みどり豊かな非常に静かな住宅街だった。

それにしても、アメリカ人の運転マナーの良さには驚いた。
歩行者優先が徹底しているし、すぐに道を譲ってくれる。
アメリカ人の運転マナーは良いとは聞いていたが、これ程とは思わなかった。



1993年03月14日

ロサンゼルス
マジック・マウンテンへ。
マジック・マウンテンは、周りを山に囲まれた景色の美しい遊園地だが、絶叫マシンをとことん追求した遊園地でもある。
日曜日とあってどの乗り物も混んでいたが、待つ間退屈しない様、列のどの位置にいてもテレビが見られる様になっていて、アニメや音楽などのビデオをながしていた。
この辺の気配りが、さすがエンターテイメントの国アメリカだと感じた。



1993年03月14日

ロサンゼルス

マジック・マウンテンから戻る途中、グリフィス天文台に寄る。
ここから見たロサンゼルスの夜景は本当に美しい。
街が区画化されているため夜景の線が一直線で、それが地平線まで延々と続いている。
他では見られない夜景だ。
グリフィス天文台を出ると、停めておいた車のワイパーに、なんと駐車違反の切符が挟まっていた。
天文台に入る時、駐車場がほとんど満車で停める所がなかなか見つからなかったが、一ヵ所だけポカンと空いていた。ラッキーと思ってそこに停めたのだが、なんとそこはハンディ・キャップ専用の場所だった。違反していたとは知らずに、駐車違反の切符を切られてしまった。
罰金はUS$55、翌々日に郵便局に払いに行く。



1993年03月15日

ロサンゼルス

ユニバーサル・スタジオに行く。
『ワイルド・ワイルド・ワイルド・スタント・ショー』、『バック・ドラフト』、『マイアミ・バイス』など、大掛かりな仕掛けとその大迫力にビックリだ。





1996年03月16日

ロサンゼルス

UCLA、サンタ・モニカ、ビセンテ岬、ロング・ビーチと廻る。





3月17日、ロサンゼルスからデルタ航空にて帰国。

今回の旅行は、スキーあり、テーマ・パークありと、エンターテイメントの旅行だった。
楽しい卒業旅行であった。


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